作家にとって家は住まいであると同時に職場である。
つまりとても特別な場所。
生涯において、最もかけがえのない場所とも言える。
なるべく人に干渉されないことを生きがいとし、
夜帰る道中にも静逸平穏の喜びを感じる様な、
四十路を目前にした、少し癖のある男のお話の続きである。
頂緑館
新しい住処を検討していると、偶然にも数少ない友人から家飲みに誘われた。
普段なら読書に勤しむ時間を削られるため、丁重にお断りするのだが、
失恋話に加え、どうやら家を買い全面リフォームしたとのことで、そのお披露目も兼ねているのだそう。
―――彼は思うことがあり、珍しく参加する事にした。
友人は来てくれたことがかなり嬉しかったようで、そう言う事なら是非に!と、
酔っ払った赤ら顔で、快く不動産屋を紹介してくれた。
友人から紹介された、笑顔が爽やかな担当者にオススメされたのは、
歴史的景観や建造物を守るために再開発の規制が厳しく、住宅建設用地となるエリアが限定的な、
京都市内の11区の中で最も人口の少ない区と言われている「東山区」にある、
「泉涌寺」の近く少し奥まったところにある一軒家だった。
東大路通り沿いに並ぶ年季が入った商店街を横目に、第一赤十字病院までは南に下がらず、途中の「だし巻のサンドイッチ」が有名なドイツパン屋「ゲベッケン」がある辺りの脇道を道なりに東へ入る。
余談になるが、そのパン屋は300円のドリンクを注文することで、買ったパンを2階で食べれる。
今時珍しく喫煙ありきのスペースで、自動扉と書かれた手動の扉を開けるとなんとも懐かしい空間が広がる。
有名な神社仏閣に囲まれていて、大通りからその物件までの道のりは、密集した住宅街を抜け先細りの道を進む。
傍に小さな鳥居が建てられていて、さらにそこから石段を登った高台の中腹に、その家はあった。
家から見える景観も、雑木林が前にあり住人以外は足を踏み入れないだろうと思われる立地で、昼間でもかなり静かだ。
耳を澄ませると、風に揺れる葉の音と鳥の鳴き声がわずかに響くだけで、静逸平穏を好む彼にとってはいたって好都合である。
この辺りは再開発の規制が故に古都の京都を十分に味わうことができ、周りも中古のテラスハウスや古民家などが多く、
「京都らしさ」を求めて国内だけでなく海外からの移住もここ最近は増えてきているとのことだ。
京阪本線および地下鉄東西線、京都市内を走行するバスがあり、交通の利便性は良い方である。
主要な観光スポットを経由するため走行本数も多く、天気のいい日なんかはゆっくりと京都観光も楽しむことができる。
また、京都の伝統芸術を生かした様々な調度品やお気に入りの一品を適した「京焼」「清水焼」の各種陶磁器類、
気品と美しさを兼ね備えた「京扇子」、全国的にも人気の「帆布製カバン」など、一級品を扱うお店も多い。
彼はこの一軒家に“何か”を感じたようで、他の物件を紹介される前に静かに覚悟を決めた。
“終の住処はここでよかろう―――”