妄想物件物語

MACHIYA

物語① Mの場合 京都市北区鷹峯プロジェクト 第二話

私の人生には華が無い。
特に女性とは全くと言っていいほど縁が無い。
そんな私に恋人ができた。とても楽しい日々だった。
しかし、あろうことか彼女は私をふったのだ。
32歳の男を独身の荒波へはなったのである。
そんな彼女をもう一度振り向かせるべく、
親友の助言をもとに一軒の家を購入し、
思い切ったリノベーションをすることになったのである。

私は親友下田君の的確なアドバイスを参考に、要点をとらえたこの不動産を即購入した。まるで私の着古したTシャツと同じくらいボロボロな見栄えだが、とにかく陽当たりがいい。気づけば私のTシャツくらい愛着を感じ始めている。とは言えボロボロ具合を目にすると、少し騙されているのではないかと疑心暗鬼になる私の心情とはうらはらに、私より少しだけ爽やかな営業マン(ここからはサワヤカ君と呼ぼう)はどこか自信満々なのである。

色々と不安な日々を過ごす私を余所に、サワヤカ君は楽しげに提案してくれる。想像すると随分と洒落た感じではあるが、本当にこんな古い家屋が著しくカッコイイ家へとリノベーションされるのかは、正直素人の私ではまだ見当がつかない。
「この家に対する要望はありますか?」と聞かれたので優先度の高い条件とし、まずは彼女と暮らすことを考え “彼女が喜びそうな家にしてほしい” と “枕元にiphoneの充電用コンセントをつけてほしい” 旨の2つを伝えおいた。

それ以外は、私より遥かに専門であろうサワヤカ君の提案を受け入れることにした。すると、サワヤカ君は涼しげな笑顔で「彼女さんも打合せに参加されますか?」と野暮な質問をしてきた。もちろん私はにっこり笑って「えぇ、次の機会には是非。」と返答した。

いよいよ工事が始まると聞き、私は僅かな時間を見つけて気になる現場に足を運ぶことにした。あの家が変化していく様をこの目で見ておきたいからだ。慣れた手つきで職人がどんどん解体作業を進めていく中、解体されていく部屋でふと天井を見上げると大きな雨漏りの跡、捲られた床下には白アリが食べたであろう形跡のある柱を目撃する。しかし私は冷静沈着な漢である。そんなことでは決して動じない。意に反する足の震えをなんとか抑えながら現場監督の説明に、静かに耳を傾けた。

「痛んでいるところはすべて撤去します。その後、床下から上がってくる湿気を止めるために防湿シートを引き、防蟻処理の為薬剤を塗っていきます。」とのこと。1階は広めのリビングにする為、今ある柱を取り除き、鉄骨や新しい梁で補強するようである。そして、大きなカウンターキッチンをつけるとのこと。得意料理が “たこ焼き” の私には、少々オーバースペックのように感じるが…まぁ、良しとしようではないか。

そして2階は寝室と風呂・トイレになる予定だ。全体をカフェ・オ・レカラーで統一し就寝をやさしくサポート。落ち着いた雰囲気の空間にするらしい。そして風呂場は掃除がしやすいように1点ユニットバスにして、洗面はタイル張りになる。
可動棚もつき、洗濯機も2階に置けるので生活の動線はバッチリである。一通りの説明を聞き終わり、目を閉じて想像してみるとこの部屋を前にした彼女の喜ぶであろう顔が目に浮かび、思わず笑みが溢れる。

ちなみにこの物件は京都では多く見られる長屋のひとつである。最近では “タウンハウス” や “テラスハウス” と呼ばれていたりもするらしい。長屋は隣の家と壁を共有している為、構造上の問題からどうしても気になるのが騒音と言われている。特に木造の場合は、隣に住んでいる人の会話やテレビの音、ドアの開閉などの生活音があると聞くので、サワヤカ君にそれとなく確認すると、今回のリノベーションでは防音対策として、音を防ぐ断熱防音材と石膏ボードを2重張りにするそうだ。なるほど。私が見抜いた通り、卓越したデキる男だ。安心して任せることにしよう。
ちなみにサワヤカ君のイチオシは、道路側をガラス張りにし、空間に開放感を生み出せる印象的な階段を、外から中からも見えるようにすることだそう。仕上がるまでピンとこない素人の私には、到底思いつかない粋なアイデアである。
「う~ん、素敵になりそうだ」想像すると思わず心の声が漏れ出してしまうほどだ。

そうこうしているうちに昼食時ということもあり、小腹が空いた私は現場を後にする。そして大宮商店街にあるお気に入りの鍋焼きうどん『ロッキー』へ、颯爽と自転車を走らせた。
ここは彼女に教えてもらった、彼女の好きな店の一つである。現場を肌で感じ高揚するままに、彼女のオススメメニューであるスパイスの効いたカレー風味の鍋焼きうどん “スペシャル” を注文する。麺は基本細麺で土鍋に入って提供される。意外と他にないものである。

これからできるあろう私の家、偶然彼女に出会うかもしれない、そしてまた…。と思いを馳せ鼻の下を伸ばしつつ、あつあつのうどんをすすりながら完成の日を楽しみに待つのである。