妄想物件物語

MACHIYA

物語④ Bの場合 京都市東山区泉涌寺プロジェクト

頂緑館

作家にとって家は住まいであると同時に職場である。
つまりとても特別な場所。
生涯において、最もかけがえのない場所とも言える。

なるべく人に干渉されないことを生きがいとし、
夜帰る道中にも静逸平穏の喜びを感じる様な、
四十路を目前にした、少し癖のある男のお話である。

“少し自分は偏っているのかもしれない―――”

そう思い出したのは彼が18歳の時である。
本を読むことが三度の飯より好きな彼は、その為にあらゆる選択時間を省くことに重きをおく。
他の人にとってそれらはとても些細なことだとしても、手間を取られることは何より耐えがたいらしい。
そんな時間があるのなら1ページでも読み進めたいのである。

例えば朝の時間。

毎朝髪をセットする時間が惜しくて頭は剃刀で反り上げているし、
コーディネートを考える時間さえも惜しみ、
服は毎回同じデザインの白シャツとゆったりとした黒のズボンを履き、
靴はスプリングコートのスニーカーをくたくたになるまで履き続ける。

そんな彼は2浪して京都大学 文学部に入学し、2留後に卒業した。
在学中は本が好きすぎて、住んでいた寮からでるのは週に1回程度だった。
現在は35歳。本好きが昂じて歴史書物出版社に勤務している。
お酒と散歩も好きな方だが、読書には到底劣るらしい。
御察しの通り、給料の殆どは書物代として消える。
家では本棚に入りきらない本を平積みにしていて、
人ひとりが寝るスペースを辛うじて確保している状態である。

そんな訳でいよいよ今の住まいも手狭になってきた。

もう少し広くて清閑な場所はないものか。こうして彼の新しい住まい探しが始まった。