妄想物件物語

MACHIYA

物語② Sの場合 京都市左京区岩倉プロジェクト 第二話

最近、とても気になっていることがある。
「丁寧な暮らしってなんだろう。」
40歳を境に、ふと足を止めてみたのをきっかけに、
日々それについて思いを巡らす事が増えてきた私。
後輩と久しぶりの再会をきっかけに、
理想のおひとり様ライフが始まろうとしている。

「先輩、こっちです!」
約束の時間より少し余裕をもたせ早めに着いたのにも関わらず、既に下田君は待ち合わせ場所に来ていた。OB会以来の下田君は、相変わらずシュッとしている。そして隣には品の良い鞄を持った、笑顔がなんとも爽やかな営業担当者を引き連れていた。これからお世話になることだし、親しみを込めサワヤカ君と呼ぶ事にしようかしら。そんなサワヤカ君と軽く挨拶を交わし物件へと向かった。
公道から傍にそれた細長い道が続き、見えてきたレトロチックな門の先には、こじんまりした平屋が建っている。

それはまるで祖母の家に来たような、どこか懐かしい感覚に陥るほど。初めての場所なのにそう感じない空気感に、正直驚いた。門をくぐり敷地内へ進むと、建物と同じくらいの庭が広がっている。手入れするには丁度良いサイズ感である。見た感じの外観はなかなか年季が入った状態。でも不思議と嫌な感じはしない。
「工事始まってますので、足元気ぃつけてくださいね。」
下田君のさりげない優しさに感心しながら敷地内へと足を運ぶ。
続いて、サワヤカ君から一通りの説明を受ける。

ここからフルリノベーションの予定なので、間取りはごろっと変わるらしく、玄関は庭の方へ向け今よりも広くするらしい。
敷地の広さからして、ファミリー向けとういより単身者向けの物件になるそう。私にはちょうど良い広さに感じる。庭に面する南向きの壁は大きなガラス窓にする予定ですでに刳り貫かれており、今日の天気は曇りがちだけれど、部屋には優しく日差しが差し込んでいるのでつい気持ちも明るくなる。しかも周囲は畑に囲まれているため、窓が大きくても人目が気にならない。

キッチンやお風呂まわりの位置も大幅に変えるとのことで、広めの玄関を入るとすぐにお手洗いとお風呂になるそうだ。庭の手入れをしてすぐに汚れを落とせるのはかなり良いかも、とすでに自分が生活していることを想像してみて、思わずうんうんと大きく頷く。さらに聞くところによると部屋の割にキッチンは大きめのL型にする造りで、自炊派の私としてはとても魅力的だ。
“心の器とキッチンは大きいに越したことはない!”
生前祖母がよく言っていた言葉を思い出し、ふふふっと笑った。ちょうど目の前に広がる庭に、ちょっとした畑なんかも耕すスペースを設ければ、旬の野菜を食べる分だけ収穫することができるし、それはまさしく私の理想とする“丁寧な暮らし”ではなかろうか。私はごく自然に、庭の畑で収穫した野菜をどう調理するか、キッチンから見える窓越しの庭を眺めながら献立を考える自分の姿を想像することができた。すぐにでも雨が降り出そうとしている雲行きとは裏腹に、私はますます明るい気持ちになっている。

建物から外に出てぐるっと周りを見回していると、敷地には裏道からも入れる様に、反対側にも入り口を作っている最中だった。どうやらそちらの方が大通りに近く、ファミリー層の新興住宅が広がっているので道幅も広く街灯もある。
言われてみれば、残業があり止むを得ず遅くなった日や飲み会の帰りなど、夜の女性の一人歩きには幾分その方が安心かも…。
サワヤカ君がこっそり教えてくれたのだが、下田君の気遣いからきてるそう。仕事がデキる男はそういうところ抜かりないわね。

事前の電話では大まかにこちらの希望は伝えているけれど、細かい部分をもう少し擦り合わせる為、近くのそば処『太船』でお昼がてら話を聞く事になった。
「この広さなら、全面床暖にしても良いかもしれませんね。京都は底冷えしますから。灯油やと手間と臭いが気になるやろし。」
料理が運ばれるまで、図面を見ながらさらに改良点を話し合っていく。下田君の何気無いアドバイスは、意外と的を得ているのですごく頼りになる。後輩なのに昔からついつい悩み事など、何かと相談していたのを思い出した。

「縁側付けて、庭を眺めながらティータイムなんかもいいですよね。そういや、ちょうど近くにドーナツ屋さんや美味しいパン屋さんもありますよ。なんて言うたかなぁ…ブルーなんちゃら。」『BRUGGE(ブルージュ)洛北!!』
サワヤカ君とのコンビネーションも抜群。実はすでに同僚からパン好き界では有名なお店だと聞いたことがあり、チェックしていて偵察がてら買いに行く予定をしていた。
サワヤカ君おすすめのカレーうどん。汁を飛ばさない様気をつけながらすすり、先ほどの物件を頭の中で整理してみた。
予算内で条件がかなり揃っている。なにより、リノベーション前の状態を見たのにもかかわらず、将来そこに住んでる自分をすぐに想像出来た。不思議な縁を感じた私は、思い切って購入する事を決めた。