妄想物件物語

MACHIYA

物語② Sの場合 京都市左京区岩倉プロジェクト

最近、とても気になっていることがある。
「丁寧な暮らしってなんだろう。」
40歳を境に、ふと足を止めてみたのをきっかけに、
日々それについて思いを巡らす事が増えてきた私。
憧れの京都で、理想の一人暮らしを模索する。
この話は、様々なしがらみから解放され自分らしく生きる、
ポジティブなおひとり様ライフに向かうべく、新たな決意の物語である。

大学卒業後に採用試験を受け、小学校教諭となり早18年。お陰様で特に大きな問題もなく、長年勤めていると要領も掴み、時間に少し余裕が持てる様になってきた今日この頃。また、現在において独身なので貯金もそこそこ貯まりだし、いよいよおひとりさまの覚悟を意識しだしたお年頃でもある。

3人兄妹で末っ子の私は、随分とマイペースに生きている。大学の卒業旅行で行ったハワイに魅了され、長期休暇ごとに訪れてはどこまでも続く青い空と透き通る海に包まれサーフィンを楽しみ。ある時は、友人に誘われて観に行ったミュージカルで"いっくん"こと山崎育三郎の沼にハマり、舞台に足繁く通ったり(なお、なっちとの結婚発表を機に足を洗う)。食べる事が好きなのでグルメ雑誌をチェックしては、同僚とランチ巡りや仕事帰りに飲み歩いたりと、それなりに遊び充実した日々を過ごした。

ところが一転、アラフォーに近づくにつれ駆け込みの結婚ラッシュで周りが落ち着きはじめ、取り巻く環境の変化をじわじわと肌で感じる様になってきた。さらにここ近年はコロナ禍もあり、仲間と一緒に何かをする事はめっきり減り、エステやジムなど1人で完結するソロ活が増えたことにより、これからの身の振り方について考える時間も自然と増える。

兄姉はそれぞれ結婚し子供にも恵まれ、地方に住む両親は幸い揃って健康で、まだまだ健在である。結婚や子育て、親の介護にそこまで気負うものが無い私は、できるだけ早くライフプランを立てて必要な資金を把握していかなきゃと、通帳に記載された預金を眺めて考えていた。
そこでまず最初に考えたのが、住まいの事。たまたま仕事で食育について考える授業があり、参考資料を探しに祇園の一等地にある個性的な品揃えの書店『天狼院書店 京都天狼院』で関連書籍を手に取るとその思いはますます強くなる。世界にスローフードを普及させた料理家の書籍「アリス・ウォータースの世界」。彼女が世界の食育の先導者として有名になった背景には、モンテッソーリ教育の教師としての経験があると言っても過言ではない。ちなみにモンテッソーリ教育とは、手に触れ、目に見えるもの、匂い、聴こえるものから「心地よい」と感じる五感を養う教育法を指し、子供達の自由で健やかな発育を目指したプログラムのことである。そのアリスが提唱する”食事を大切にして、人生を豊かに暮らす”という考え方は私の心をギュッと掴んだ。これだ!まさしく私が思う丁寧な暮らし。

理想を言えば、縁側の先に小さな畑があり、自身が食べる分だけの野菜を育てて、日が昇り沈むまでののんびりした時間を、自分の為だけに使う。例えば庭に植えたハーブを無造作に摘み、自身でブレンドしたハーブティーを淹れ、柔らかい日差し午後、庭を眺めながらゆっくりと大好きな読書を楽しんでいる、とか。うん、いいんじゃないかな。

今住んでいるのは現職場に決まってから契約した洛中の賃貸のマンション。もうすぐ2年目に突入する。駅近で悪くは無いけれど、大通りに面していて車や観光客の流れが多くどちらかと言えば賑やかで、ガヤガヤしている。
どうせ毎月同じくらいの金額を支払うのであれば、ちょうど更新月も近いのでこれを機に、思い切って洛外に一軒家の購入を検討してみるのはどうだろう。1人で暮らすのだから、そこまで広くなくて良い。

仕事帰りに少し寄り道し、大好きなブックカフェ『Cafe Bibliotic Hello!(カフェ ビブリオティック ハロー!)』にて、ハンドドリップで丁寧に煎れてくれるコーヒーを飲みながら、壁一面に備えられた本棚からお気に入りの本を探して眺める。落ち着いた店内でゆっくりした時間を過ごしていると、ふと、先日行われた大学のOB会で不動産関係の後輩が居たのを思い出し、鞄をひっくり返して確認してみると名刺が出てきた。善は急げ、早速電話を掛けてみる。

「もしもし、下田君?今忙しいかしら?」
「どうもお久しぶりです、どないしたんですか?」
「あのね、そろそろ家の購入を考えていて、少し相談できないかなと思って…。」
「もちろん、お力になれることであれば喜んで。ちなみに、どんな風なんお探しですか?」

電話越しでもスマートさが伝わる下田君に、思い切って理想の一軒家と予算をひと通り話してみると、しばらく沈黙が流れる。
「岩倉の方なんですけど、これからリフォームする物件で良ければ、一度見てみはります?」
場所を確認すると地下鉄の駅から少し離れるけれど、新興住宅地で徒歩圏内にはコンビニもある。思わず舞い込んだチャンスに私は二つ返事で電話を切り、後日下田君と待ち合わせ、一緒に物件を見に行く事にした。併設されている『ハロー ザ ベーカリー』で明日の朝に食べるパンを買いながら、これから始まる理想に一歩近づいた生活を想像し、今から胸を踊らせる私がいる。