妄想物件物語

MACHIYA

物語① Mの場合 京都市北区鷹峯プロジェクト 第三話

私の人生には華が無い。
そんな私に恋人ができた。とても楽しい日々だった。
しかし、あろうことか彼女は私をふったのだ。
32歳の男を独身の荒波へはなったのである。
そんな彼女をもう一度振り向かせるべく、
親友の助言をもとに一軒の家を購入し、
リノベーションすることに。
完成した家を手にした私の未来は―――

とある昼下がり。行きつけのラーメン屋で昼食をとっていたところ一本の電話が鳴る。ラーメンをすする手を止めて箸を置き、電話に出る。電話の相手はもちろん彼女…ではなくサワヤカ君だ。
「お待たせしました!工事終わりましたので、お手隙の際引き渡しさせていただきます。」思わず変な声が出そうになったが、私は興奮を抑え、なるべく悟られない様に静かに「では、本日夕刻18時に。」と返事をした。電話を切った後、本当はすぐにでも見に行きたいところだが、そこは武士の血を継ぐ漢。安易なことでははしゃがないのである。ゆっくりと残ったスープを飲み干し、カードにスタンプを押してもらい店を後にした。

気がつくと待ち合わせの30分前に着いてしまった。ひとまず近くの和菓子屋『都本舗 光悦堂』を覗いてみる。店前には簡単な席が設けてあり、そこで名物の御土居餅を頂ける様なので、心を落ち着かせるために2個頼んだものの、あっという間に平らげてしまい、手持ち無沙汰の両手は膝の上で16ビートを刻んでいる。店主のおじいちゃんと世間話をしながら周囲を注意深く睨みつけていると、コインパーキングに見たことのある一台の車が止まった。思わず立ち上がりオーバーに手を振る。

サワヤカ君の手前、つい早足になるのを押さえつけ悠々と歩み寄り、家まで続く道のりを高鳴る鼓動を抑えて並んで歩く。するとどうだろう。いつもの見慣れた家並みの中に、一際おしゃれな空間が広がっているではないか。私は思わず息を飲み生唾を飲み込んだ。もうすでに、外観からして心を鷲掴みにされている私がいる。

自転車やバイクを置くのに十分なスペースを確保してある土間つき玄関が、大きなガラスの扉越し見える。この広さなら大きめの観葉植物や鉢植えなどを大胆に置き、庭やベランダのような使い方が出来るのではなかろうか。
ちょうど南向きなので明るいスペースにはグリーンをたくさん置き、外からの目隠しにしてもいいかもしれない。なんならついでに階段にもグリーンをぶら下げて癒し空間にしたならば、キッチンからの眺めはもちろん、外からの印象も良さそうである。

玄関棚があるので、コートや上着など外で身につけるものはここに収納するとしたら、部屋のクローゼットを圧迫しないだろう。靴もたくさん収納出来る様だが、私の足は2本。もともと靴はそんなに所有していないので広い土間スペース自体が靴置き場になりそうだ。むしろここまで広いと来客が多くても安心である。

玄関とリビングの間には高貴なお店でしか見たことない様な、大きなガラスの間仕切り。開けるとさらに開放感が広がり、閉めたとしてもなんの圧迫感もない。私は振り返り、じっとサワヤカ君を見つめた。
「このお家の印象を決めてしまうくらいの存在だと思ったので、かっこいいものにしました。」
とサワヤカ君はドヤ顔で私を見返している。確かに見た目も良し、使い勝手も良しでとても良い!!私は小さく親指を立てた。

そして、光が入りにくい1階北側には天窓がついており、ついつい覗き込んでしまう。天窓というだけあり光を取り込むだけではなく、なんとなく遊び心も感じられる空間になっているではないか。

小さい家には小さいキッチン、というイメージをぶち壊した大きめのキッチン。光輝くシルバーに思わず顔がにやけた。お料理が快適にできそうである。したことはないけど。
さらに2階へ上がると、ベッドルームの壁にはさりげなく見せる収納がついている。花や絵を飾ることはもちろん、スマホや本、リモコンなどちょっとしたものを置くことも出来きそうだ。これならば、新たにサイドテーブルを置かなくてもよいかもしれない。

しかも天井が高いので、部屋の面積が小さくても気にならず、剥き出しの梁が部屋のアクセントになり、優しい印象すらある。
なんなら、ここにも植物をぶら下げられるではないか。また洗面・トイレにおいては、出来る限りシンプルで広さを確保されており、なんなら洗濯物も干せそうである。と、感動に浸っていると、後ろからサワヤカ君がおもむろに口を開いた。
「こんなお家なら…彼女じゃなくても惚れ直すと思いますよ。」
振り返ると今まで見た中で、一番サワヤカな笑顔ではないか! 私は自分が耳まで真っ赤になるのが感じられ、思わず目を逸らす。
サワヤカ君の笑顔があまりにも眩しいのと、大きなガラス張りの玄関から入り込む日差しが相まって、目を細めながら静かに微笑みがこぼれた。
「ええ、そうですね。―――勝負はこれからですよ。」
スマホを力強く握りしめ、最高の家を手に入れ自信を取り戻した私は、彼女へのプロポーズを決心するのであった。

【fin】