妄想物件物語

MACHIYA

物語① Mの場合 京都市北区鷹峯プロジェクト

私の人生には華が無い。
特に女性とは全くと言っていいほど縁が無い。
そんな私に恋人ができた。とても楽しい日々だった。
しかし、あろうことか彼女は私をふったのだ。
32歳の男を独身の荒波へはなったのである。
この話は、そんな彼女をもう一度振り向かす努力と汗の物語である。

話しは1年前に遡る

彼女は大手不動産会社M社で事務をしている28歳の可憐な女性である。その会社は未だにセカンドバックの部長、ギラギラとしたオールバックのたばこ臭のひどい課長や私より少しだけ爽やかな営業マンという魑魅魍魎達が働く会社のようである。そこで働く彼女に、私より少し背が高く私より少しだけ収入の多い、出入り業者の工務店の営業マンがあろうことか彼女を惑わせたようなのである。

彼女と2人、千本中立売の串カツ屋で夜の豪華な食事を行っていたある日、彼女は唐突に私をふってきたのである。先に言っておくが、私のプライドは大文字山より高い。勿論、驚きを隠し平然を装いその話を受け入れた。
と言うのも、そんな男の事はすぐに飽きるだろう…。と思っていたからだ。だが1か月しても3か月しても、私の元には連絡が無かった。どうやら私より少しだけいい匂いの男と、まだ続いているようなのである。

私は悩みに悩んだ。彼女は私に “何かを求めていた” のだろう。そうでないと顔立ちの少し良いだけの男に靡くはずはないのだ。
私は親友の下田君に相談してみることにした。彼とは長い付き合いで、大学卒業以来、左京区吉田のワンルームマンション(3点ユニットタイプ)で8年間の隣人である。そんな彼曰く、
「Mちゃん(彼女の事)は不動産屋で働いてるやろ。ウォシュレットもない部屋に住む、君のことが嫌やったんちゃうか」
世界一的確なアドバイスだ。彼は、私の知る限りもっとも出来る男である。私は近くの酒屋『リカーマウンテン』でキリン淡麗グリーンラベル6本セットを購入し、お礼として渡すとすぐに引っ越し先を探し出した。

彼女は京都の北西に位置する「西陣」と呼ばれているエリアに住んでいる。近くにはレトロな温泉で有名な『船岡温泉』や、銭湯を改装して運営している『さらさ西陣』がある。学生たちが多く、かつては西陣織の工場がたくさんあった区域でもある。
ご存知の通り、私のプライドは船岡山より高い。勘違いしないで欲しいのは、彼女の家の近くに引っ越すのは、私が彼女を忘れられないからではない。私に都合のいい場所だから引っ越すのだ、と申しておきたい。

もしかすると彼女と道でちょうど出くわすかもしれないが、それはあくまでも偶然なのだ。検索している指をふと止めた。私はまだ本気で働いていない。つまり、収入がやや少ない。私は改めて下田君に相談しに行くことにした。彼のアドバイスはいつも的確である。さらに彼は銀行勤めを辞めて今は不動産会社で働いている。

私より少し背の高い男である彼に聞いてみると「鷹峯がええんちゃう?」と煙草をふかしながら、すぐに答えてくれた。
「今、アマンホテルとかホテルハーベストみたいな名だたる超高級ホテルが出来ている場所や。ちょっと坂、上らなあかんけど。本阿弥光悦とか琳派とよばれる今でいうアーティスト集団が生活してたらしい。自然も多いしええとこやで。毎日近くの千本通り歩いてたら、Mちゃんに週1回くらい会うんちゃうやろか

なんと!またもや私の求めているスーパー的確なアドバイスをくれたではないか。 感謝の意を込め彼には、私の最近のコレクションであるラーメン『天下一品』のスタンプを集めるともらえるお茶碗を献上した。
「確か鷹峯で最近物件あったな~、それやったらお前でも買えるんちゃうか~。」
更に私にメリットがあるであろう発言…!思わず貯め掛けの天下一品のスタンプカードを彼に追加で渡し、言われた不動産会社にすぐに向かった。私の行動は早いのだ。自転車をたち漕ぎし、白川通りで市バスを抜き去り、とうとうその不動産会社に到着した。

そもそも、私が賃貸ではなく物件を買おうとするのは、私のプライドが比叡山よりも高いからである。祖父が言うにはなんとなくカッコいい“武士の血”を引く、私はそんな男だ。
私より少し爽やかな不動産会社の担当営業マンに案内された家は、私よりもボロボロだった…。床が所々浮いてぶかぶかし、さらには雨漏りもしていて、まるで野良猫が住んでいたのであろうかと思わせるような家だった。私より少しイイ鞄を持っている不動産会社の営業マンが言うには、

「日当たりが良く、家の間口がとても広いので、リノベーションすればめっちゃよくなりますよ」
とのこと。確かに本気を出す前の私でも、買えそうな値段である。これだッ!!このボロボロの家を今流行りのリノベーションとやらで、彼女と私にふさわしい家に変えよう。そして、彼女と偶然道で出会って、家に遊びに来てもらおう。私の物語は今始まったのだ。